Sample Business Hotel

自由小説投稿サイト

ソスソスソスソスソスソスソスソスソスソスソスソスソスソスソスソスソスソスソスソスソスソスソスソスソスソスソスソスソスソス(ソスソスソス) / 空気の読めない女の子(仮)


 五月も半ば。陽だまりはすっかり暖かくなり、見慣れた街路樹の若葉が芽吹くこの時期。そろそろ制服のブレザーは鬱陶しいものだ。
 すっかりお馴染となった通学路を、何度も瞼をこすりながら学園へ向かう。
 眠たい。マジ眠い。
 愚痴じみた悲痛の叫びが、心の奥でこだまする。
 昨夜は女の子(仮)がなかなか寝かせてくれなかったせいで、心地いい陽気の中では歩きながら眠ってしまいそうだ。
 お腹が空いただの。喉が渇いただの。風呂に入りたいだの。おまけにはゲームがしたいだの。女の子(仮)は人の部屋に世話になっている分際で、わがまま極まりないヤツだった。
 そう。昨日は結局、ヤツはオレの自室から出て行かなかったのだ。
 ――女の子を夜道に放り出すなんてヒドイ。鬼! 悪魔! 
 などと、人を殺そうとしていたバカが駄々をごねたのだ。
 でも確かに、年端もいかない女の子を、そう思ったのだが――よくよく考えてほしい。オレだって健全な男子なのだ。女の子を同じ部屋に泊めるなんて。そう説明した。
 だがしかし。
 ――いいもん。いいもん。その代わり泰祐が眠っている間に……
 女の子(仮)は、そう意味ありげな台詞を吐き、チラリとクローゼットのほうへ視線を馳せらせやがったのだ。
 殺(ヤ)る気なのか? 殺(ヤ)るつもりなのか? 
 口元をニタリとかたちどる女の子(仮)を見て、
 どうぞ泊っていってください。殺さない程度に、
 オレはそう頭を下げるしか選択の余地はなかったのだった。
 人間を脅す天使なんて聞いたことがない。空から墜ちてきたとき、記憶とともに良心やら優しさなども落としてきたんじゃないだろうか。
「ねえねえ。泰祐は部活とかしていないの」
 なんの前置きもなく、ステルスモードの女の子(仮)がオレの耳元で話しかけてきた。
 学校についていくとうるさい彼女に、許可なく姿を晒さないことを約束させ、仕方がなく連れてきていた。
「帰宅部としてなら活動している」
 小声で返事する。なんせ女の子(仮)の姿は、道行くサラリーマンやOL、学生たちには見えていないのだから。独り言を言っている心淋しい人だと思われたくない。
「スポーツマンなのに?」
「何をどう見てオレがスポーツマンだと」
 意味不明な質問に顔が歪む。
「だって部屋に、バットとかサッカーボールとか、ラケットとかいろいろあったもん」
 チッ。
 女の子(仮)の声がする方向から顔をそむけ、舌打ちがでる。余計なところには気のまわるヤツだ。
 自室にあるスポーツ用品の数々は、昔、流行の波に乗ってやってみようと試みた品々だ。いわゆる、オレの黒歴史ってやつだ。
 ポジション争いをしなければならないヤツらは、流行る前から練習を積み重ねてきたヤツらか、天性を与えられたヤツらだ。しかし、オレは平平凡凡の人間。争ったところで結果は見えているってもんだ。結局、努力するだけ無駄。そういった過去があって現在この状況である。
 そんなことを、昨日出会ったばかりのヤツに説明する道理もなく、
「オブジェだ」
 と、無愛想な口調で話をまとめた。
「じゃ彼女とかは? ああ、いないよねきっと。ケチんぼだし、すぐ暴力振るうし」
 いつもならその嘲笑う言い方に腹を立て、殴りかかるところだが――だが――そう、だがなのだ。
 彼女という言葉に、オ・マイ・ゴッド。
 オレはすっかり忘れていた。昨日、オレは失恋したばかりなんだ。
 足を止め、そばにそびえ立つ街路樹に腕をつき、がっくりとうなだれた。
「あれ? 泰祐? どうしたの? ……あ、もしかして図星だった? わたし地雷踏んじゃった?」
 しばらくの沈黙のあと、落ち込んでいるオレの心情に気づいたのか、けたけたと蔑視の伝わる笑いが、ハートに塩をすり込ませる。
 仁科愛に直接断られたわけじゃないけれど、沁みる。痛いほどに。ヒリヒリとチクチクと。
 白い堕天使にハートを踏みにじられたオレはしばらく落ち込み、立ち直られなかった。


 昨日までなら、足早に浮かれ気分で学校へ向かっていたはずなのに。
 毎日学校へ行くことが楽しみで仕方がなかったのに。
 肩口で切りそろえられた黒髪に、小顔におさまった愛らしいパーツ。なかでも大きな目がチャームポイント。そして、ぎゅっと抱きしめたくなるような華奢な体つき。まるで小動物のような仁科愛が屈託の無い笑みで、いつも、
 おはよう鳴海くん
 と、待っているのだから。
 しかし浮足立つ気持ちも昨日までだ。
 どんよりとした心。足取りが重い。
 正門をくぐり、校舎を見上げるとため息がこぼれた。
「ちょっと鳴海。あんたね」
 上履きに履き替え、階段を昇ったところで声をかけてきたのは芹沢結衣。
「昨日、どこに行っていたのよ」
 凛とした釣り目を細めて突っかかってきた。
「なんだよ。朝の一言目からなに怒ってんだよ」
「昨日、愛から聞いたわよ。午後の授業サボったんだって」
 人差し指で胸をつつかれ、不意の質問に言葉が詰まる。
 屋上で死にかけていました。なんて言えるわけもなく。
「いや、昨日はなんだ……河を探索にちょっと、な」
「はあ? なにわけわからないこと言ってるのよ」
 ただでさえキツイ顔立ちなのに、しかめ面になるとカツアゲしている少女Aみたいだ。もう少し、友達の仁科愛の淑やかさを見習えば、ポニーテールの似合う美人なタイプなのに。残念な女子だと思う。
「あんたのそういうところキライなのよ」
「なにがだよ」
「大事なところはぐらかすというか、面倒くさがるというか。そういうところが気に食わないのよ」
「別にお前に関係ないだろ。迷惑かけたわけでもないのに」
「あの子にかけているのよ。あの子にかけているってことは、あたしにもかけているの。わかる? 話を聞かされる身になってみなさいよ」
 あの子とは仁科愛のことだ。二人は幼稚園時代からの仲らしい。ちなみに、仁科愛の芹沢の評価は、優しくて気のきくお姉ちゃんみたいな人だ。そして、オレの評価は、口うるさいウザったい女だ。
「ちょっと鳴海。まだ話は終わってないわよ。待ちなさいよ」
 今日は朝から気分が滅入っている。これ以上邪魔くさいことには関わりたくない。
 オレは両耳に指を差し、
「ご迷惑をおかけしました」
 と、その場をあとにする。背後から一発蹴りをもらいつつ。


 ただいま四時間目の授業中。
 今日はまだ、仁科愛とは朝の挨拶を交わして以来、目を合わしていない。昨日の午後のことを聞きたそうなオーラは感じてはいたが、あえて気づかないふりをしたり、休み時間は席を外していた。
 授業中何度もチラチラと仁科愛の横顔を盗み見ては、彼女のことをもの凄く気にしている。
 こんなにも、人を愛おしくなるぐらい好きになったのは初めてのこと。そして、失恋も。
 だから、どう接したらいいのかわからない。
 畜生。
 今まで、諦める、ということは簡単だったのに。
 野球にしろ、サッカーにしろ……。
 無理だ。そう感じれれば、あとくされもなく、あっさりあきらめることが出来たのに。
 らしくない自分が、もやもやし気持ち悪い。
 そんなオレの悩みもなんのその。
 ――泰祐。ヒマだし、お腹空いた。
 ステルスモードの女の子(仮)。ジッとしていることに飽きたのか、シャーペンを盗んでオレのノートにそう落書きを始めやがった。
 独りでに動きだすシャーペンを慌てて奪い取ると、キョロキョロと誰にも気づかれていないか見渡した。
 古典の授業。真面目にノートを写しているクラスメイトの中、居眠りしているヤツがちらほらと。わざわざこっちを気にかけているヤツなどはいないようで安心した。
 ――あと少しだ。我慢しろ。
 ノートにそう記す。
「屋上で待ってていい。消えていることに疲れたよ」
 耳元で囁きがした。
 ――屋上まで姿を消して行けよ。
 無理を言って、イタズラでもされることのほうが厄介だ。騒ぎになる。そう思ってノートにシャーペンを走らせたのだが――
「了解」
 その囁きからしばらく、教室のドアが突然勝手に開き閉めされたのだった。
 しまった! と言葉が頭に浮かんだが、すでに遅し。
 結局教室内は騒然となってしまい、残り十分は授業が潰れてしまったのは言うまでもない。

 怪奇現象の騒ぎが残る中、弁当を片手に教室を急ぎ足で出た。ヤツは言いつけ通りジッとしているのか不安でたまらなかった。
「あ。鳴海。そんなに急いでどこへ行くの」
 賑やかな廊下を突っ切る途中、そう声をかけてきたのは長い黒髪を耳にかける芹沢だった。
 ホント間が悪いヤツというか、邪魔ばかりするというか。
 巾着と飲み物のパックを手にしていることから、どうやら今日の昼メシは仁科愛ととるみたいだ。
「ちょっとな」
 まさか本当のことを話すわけにもいかず、勢いに任せて返事を済まし、再び足を走らせた。
 最上階。この階は音楽室と準備室だけのためか、ほかの階と違って昼休みには人がほとんど近寄らない。そして、その手前にある屋上への階段。オレは誰もいないことを確認し、すばやく駆けあがった。
「ええい!」
 開いていた窓に足をかけようとしたとき、コブシを振りまわしている女の子(仮)が目に入った。長いブロンドの髪を揺らし、白いローブをはためかせ、小柄なナリで一体何と戦っているんだか。
「何してるんだ」
「あ。泰祐。ジッとしていたから体がムズムズしちゃって。体を動かしていたの」
 窓枠を越えると、女の子(仮)がてくてくと近寄ってきた。
 おベント、おベント、うれしいな♪ などとお弁当の歌をハミングしながら。
 オレが腰を下ろし、胡坐を組んだ足の上で弁当のカバーを外したとき、女の子(仮)はにこやかに両手を差し出してきた。
「ん?」
「わたしのお弁当は?」
「そんなものないぞ」
「……ええ!」
「ええ! じゃねえ。だいたい誰がお前の弁当を作るんだよ」
 その台詞に女の子(仮)が四肢をつき、がっくりとうなだれる。
「泰祐のケチんぼ」
 すげー恨めしそうに見つめてこられても、そもそもオレがメシを作っているわけじゃないし、親にもう一つ弁当を頼むとしても、なんと言えばいいんだか。
「ケチじゃねえよ。自分のメシぐらい自分で何とかしろ」
「わたし、お腹が空いて喋っちゃうかも」
「はあ?」
「わたし、お腹空いて喋っちゃうかも」
「二度言わなくていい! で、何を喋るって」
「泰祐、隣の愛ちゃんのことが好きなんでしょ」
「な…………!」
「そのビックリ顔は図星でしょう。天使のわたしにはわかるんだよね。消えている間、ずっと泰祐のことみていたから。ニヒヒヒヒ」
 落ち込んでいた態度を一変、口元に両コブシを当て女の子(仮)が妖しく笑う。
「わたし、お腹が空いて喋っちゃうかも」
 その目線の先は弁当箱へ。
 余計なことにはホント目ざといヤツだ。しかも、それをネタに強請ってくるとは。本当にコイツは天使なのか。考えを改める必要がありそうだ。
 しかし悔しいが、咄嗟のことで否定できなかったオレにも非があるわけだが。畜生。
「お前の言っていることはなんのことだかわからないが、半分だけなら……」
「わからないの? まあ、いいや」
 三角の青い目をした白い悪魔としばらく視線が交り合う。――チッ。
 やむなく、弁当を縦半分に仕切りをつけ、左がオレ、右が女の子(仮)そう促した。
「ええー、ちょっと、わたしの野菜ばっかりじゃない」
「から揚げが一個ついているだろう」
「泰祐のはミートボールと鮭とウインナーがあるじゃない。不公平だよ」
 ふくれ面でうるさいヤツだ。食えるだけありがたく思ってほしいもんだ。
 オレは無視を決め込み、食事を開始した。
 手始めにウインナーとご飯を口に含み堪能する。すると、拗ねている女の子(仮)に弁当箱と箸を掻っ攫われ――丸みを帯びた彼女の目が訝しく光った。
「手が滑ったぁぁぁぁぁ」
 なんてほざき、箸の先にミートボールを刺し、すばやく口の中へ放り込む。さらに自分の陣地のから揚げとご飯を駆けこませ口いっぱいに頬張りやがった。
「テメー!」
 オレの大好物のミートボールを。なんてことをしやがる。
 その怒りを込めて腕を振り上げると、殺気に気づいたのか、女の子(仮)は手にしていたモノをコンクリートの上に置き、口の先を押さえたままでんぐり返りし逃走しやがった。
「うーうーうーぐっ……」
 いいじゃない。頬をパンパンにしてそう言いたげなジェスチャーをしていたが一変、胸を叩く女の子(仮)の顔が歪み、青ざめていく。どうやら事を伝える途中で喉を詰まらせたらしい。
 口にものを入れたまま無駄なアクロバットなんぞするからだ。天罰だ。
 首を抑えて悶えるチビッコを知らん顔で、陽気な空の下、オレは何事もなかったように食事を再開したのだった。
「じぬうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
 その叫びも聞かなかったことにして。

広告

↑ PAGE TOP